2-5 「不謹慎」って何? 
 モノを表現するということは、相応のリスクがつきまといます。 
 人の考え方がそれぞれである以上、あるものを見たときにさまざまな反応を返すのは至極当然なことです。Aという人にとってはなにげないものでも、Bという人が見たときにはとても不快な気持ちになるということは決してレアケースではありません。 

 過去に何度か、架鉄の世界では「災害」「死」についての議論が起こりました。架鉄は遊びである。それに災害や死というものを持ち込むのは不謹慎である、という考え方です。この考えが起こるに至った理由のはいくつかあります。
 2001年ごろ、架空鉄道の世界では「プレスリリースを出す」ことが流行していました。架空鉄道『企業ごっこ』を楽しむ上で、プレスリリースは有効な手段ですし、そのこと自体が責められるものではありません。
 しかし、現実に被害の出た事象、たとえば台風や水害といった自然災害、またはテロや事故といったものをネタにしたプレスリリースを我先にと発行する人が現れ、当時議論が沸き起こりました。
 被害者の心情を考えたら、まだ解決に至らない事件をネタにするのは「遊び」として不謹慎ではないか、という見解がでました。別に事故を起こすなら、何も現実の事象にリンクする必要はありませんし、災害にしてもプレスリリースを書くために被害に遭うのってどうなの? という意見が当時2ちゃんねるで多勢を占めました。

 上記の見識は見識として筋の通ったものです。しかしだからといって架鉄の世界にこれらを持ち込むな、持ち込んだ奴は厨房だ、という見解には俺個人としては「否」を唱えます。 
 人の死や不幸、災害をネタにするのはもちろん褒められたことではありません。何か現実世界で災害や事件があったとき、我先にとばかりにそれをネタにした架空鉄道のプレスリリースを出す行為には虫唾が走りますし、人間としての品性を疑います。 
 しかし一方で、事故災害や人の死を扱った文学作品の中には名作と呼ばれるものは数え切れないほどあります。この違いは何でしょう?
 この違いがわかる人なら、たとえ事故や災害、死をネタに架鉄を作っても糾弾されないことでしょう。もしそのさじ加減がわからないのであれば、手を出さないほうが無難です。
 あえて言うなら、その災害なり事故に正面から向き合い、事実は事実としてしっかり受け止めた上で、作品として昇華できるか否かにかかっています。それを判断するのは読者です。
 こういった、事故や死を扱うネタはとてもナーバスです。俺も正直自信がありません。

 でも、正面から向き合って挑戦する行為は決して非難に値するものではないことは強調しておきます。
 

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